ジオアート / GEOART  「沈降と隆起  -大地を泳ぐために-」展(高松市美術館)レビューの記事のアイキャッチ画像
展覧会場にて、監修・長谷川修一氏(左)と自作について議論する参加作家・西村雄輔氏(右)

瀬戸内から考える、人間の時間と地球の時間の関係

文章中にたとえとして出てくる、ロバート・スミッソン(1938–1973)《スパイラル・ジェッティ》1970年のイメージ画を作成。アメリカ・ユタ州グレートソルトレイクに、全長約460m、幅約4.5m。約6000トンの岩石と泥をブルドーザーやダンプトラックによって移動させ制作されたランド・アートの代表作。地質学的時間やエントロピーへの関心を示す一方、作品は主として場所や空間の問題として理解されてきた。

人間中心スケールの20世紀美術

20世紀美術の重要な展開の一つに、作品を物体としてではなく、関係の中で成立するものとして捉える視点が形成されました。マルセル・デュシャンによって作品の自律性そのものが問い直されたことは、その後の戦後美術において、1960年代以降の多様な実践の中で再解釈されていきます。その結果、作品は自律した物体としてではなく、それが成立する空間、知覚条件、言説、制度といった多様な条件との関係の中で理解されるようになりました。

しかし、そこで扱われた関係の多くは、人間の経験できるスケールの中で成立するものでした。つまりそれらは主として空間的関係として理解されており、地球そのものが持つ長大な時間のプロセスが、美術の中心的な問題として体系的に扱われてきたとは必ずしもいえません。
たとえばランド・アートでは、地質学や地球スケールへの関心が示されましたが、それらは多くの場合、ギャラリー空間を地球へと拡張する試みとして理解されてきました。そこでは地球規模のスケールが導入されたものの、作品は特定の場所で成立するサイトスペシフィック(場所と不可分な作品)として成立しており、主として場所や環境の問題として論じられてきました。また、ロバート・スミッソンはエントロピー論のように時間への関心も向けていましたが、それが異なる時間スケールの関係そのものを経験として提示する問題としては体系的に展開されていませんでした。

こうしてみると、20世紀美術において、世界は主として人間の知覚や、社会経験の枠組みの中で理解されてきたともいえます。世界が絶えず変化する存在であるにもかかわらず、その変化は人間の知覚できる時間の範囲の中で経験されるものとして扱われてきました。

西村雄輔 《泳ぐもの / The Ones Who Swim》2026年 鉛板、映像12分 サイズ可変

地球の時間が可視化された時代の芸術

21世紀に入り、地震や気候変動、海洋環境や資源問題などを通して、私たちが経験しているのは、世界が固定された舞台ではなく、地球そのものが変動し続ける存在であるという事実です。地殻は動き、気候は変化し、海は循環し続けています。つまり現代とは、静止した世界を前提とする時代から、地球のダイナミクスそのものが可視化された時代へ移行しているといえます。

現代社会は、科学によって地球の長大な時間を知識として理解しています。しかし、その時間を身体的経験として捉える方法はほとんど持っていません。たとえば、いま話題の石油は数千万年という地球時間の中で形成された物質であるにもかかわらず、私たちはそれを数十年という経済合理性の中で消費しています。ここで問題となるのは、資源量そのものではありません。人間がどの時間スケールで世界を理解し、判断しているのかという点です。人間は、地球の時間スケールでは本来起こりえない速度で物質の変化を引き起こしているのです。

ジオアート/GEOARTは、このように不可視となっている時間の非対称性を経験として提示することで、人間中心的な時間感覚そのものを相対化する試みであるといえるかもしれません。それは単なる環境意識の喚起ではありません。私たちが世界をどの時間の枠組みで理解しているのか、その前提そのものを問い直す芸術実践ともいえます。

科学者・中國正寿氏と間瀬朋成の協働、コアサンプラー(G.S.型表層採泥器[アシュラ]、離合社製)による瀬戸内海の海洋調査船上で採泥の様子

海底の時間を想像させる、装置としての絵画

私の本展出品作《アビスコスモス/Abyss Cosmos》は、瀬戸内海の海底泥を顔料として用いて制作された絵画です。海底泥とは、植物プランクトンをはじめとする生物活動、地形、潮流といった複数の条件のもとで海底に堆積した物質であり、単なる顔料ではなく、長い時間の痕跡を内包した堆積物でもあります。

地球規模の視点で見れば、瀬戸内海は巨大な水たまりのような海です。瀬戸内海は平均水深約38 mの浅い閉鎖性海域であり、最終氷期には海面が現在より約130 m低く、この地域の多くは陸地でした。つまり、現在の海底は、大地が海へと変化した数万年規模の環境変動の記録でもあるのです。
作品に見られる円形は、コアサンプラー(G.S.型表層採泥器[アシュラ]、離合社製)と呼ばれる柱状採泥器が海底に残す採集痕です。この科学的調査もまた、人間が地球の時間に触れようとする行為の記録といえます。
また、本作で用いている海底泥を採集した海域では、底引網漁によってナウマンゾウなど、更新世哺乳類の化石が引き上げられてきたことが知られています。本作ではこれらの化石を複製し、この海底に環境変動の履歴が物質として蓄積されていることを示唆しています。
さらに、この海底泥の堆積物コア(コアサンプラーによって円柱状に採集した泥)を分析すると、多環芳香族炭化水素(PAHs)と呼ばれる、化石燃料の燃焼や自動車排気などに由来する化合物の濃度変化が確認されています。科学者・中國正寿氏による分析では、約40cm(1950年頃に相当)では濃度が低い一方、1950年以降に相当する上層部で増加が見られ、1970〜1990年代に高濃度となる傾向が示されていました。(Nakakuni et al, unpublished data)これは、戦後の高度経済成長期に伴う人為起源の環境負荷の変遷が、海底の堆積物から読み取れることを意味しています。

このように海底泥には、地質学的時間、生態系の時間、さらには人間の生活史に至るまで、異なる時間が幾層にも折り重なっています。本作は、このような物質を用いることで、現在の海の下に眠る不可視の時間の構造を図像化し、人間の時間の内部に地球の時間の感覚を呼び戻す装置として構想されています。

私たちは普段、人間の尺度の時間の中で生きています。しかし大地や海は、まったく異なる時間があります。本展では、瀬戸内の風景の中に潜む、地球の時間に触れてみてください。

間瀬朋成《アビスコスモス / Abyss Cosmos》2026年 瀬戸内海の海底の泥、キャンバスにアクリル絵具

【展覧会名】東京藝術大学×香川大学 せとうちART&SCIENCE 
      ジオアート / GEOART「沈降と隆起 -大地を泳ぐために-」

【会期】2026年3月21日[土]〜4月12日[日]

【会場】高松市美術館 M2展示ロビー

【開館時間】午前9:30~午後5:00(ただし、3/21,27,28は午後7:00閉館)

【休館日】月曜日

【入場料】無料

【監修】
長谷川 修一(香川大学特任教授 / 讃岐ジオパーク構想推進準備委員会委員長)
柴田 悠基(香川大学創造工学部講師 / 芸術未来研究場せとうち統括リーダー)

【研究協力】
中國 正寿(香川大学瀬戸内圏研究センター特命助教)

【デザイン】
川畑 彩夏

【参加作家】
西村 雄輔(東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻教授)
日向 慶次(東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻教育研究助手)
土屋 玲 / 田沢 陽菜 / 山中 優太 / 原田 茉琳 / 伊藤 奏美 / 中野 有華 / 本田 奈々 / 岡田 佳祐
(順不同、東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻在籍者)
間瀬 朋成(香川大学イノベーションデザイン研究所特命助教)
柴田 早穂(東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程工芸研究領域修了)

【主催】
東京藝術大学、香川大学、讃岐ジオパーク構想推進準備委員会

【共催】
高松市美術館

【助成】
地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)

【お問い合わせ】
香川大学イノベーションデザイン研究所
TEL:087-832-1507【9:00-17:00平日のみ】
HP:https://setouchi.ac/project/geoart/

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